中里学さんのライブをききにいった

| EDIT

日曜日に中里学というシンガーのライブをききにいった。横浜に。
中里学氏のオフィシャルウェブサイトは→こちら
わたしは長谷川直樹というシンガーがすきであり、友人でもあるのだが
中里学氏はこの長谷川直樹という人と定期的にいっしょに演奏活動をしているので、
それでわたしもしっていた。
けど、彼の歌をまともにきいたことはほとんどなく、これで2回めか3回めくらいのものだった。
というのも、その長谷川直樹さんとの定期的な演奏活動というのが
たいてい平日なもので、自分は仕事で行かれないことがおおいからだ。

でも、今回はワンマンライブときいて なんだかとてもきいてみたくなったから行った。
過去に2回くらい彼の歌を きいたことがあったわけだが、
よかったんだよなという記憶があったから きいてみたいとおもった。
雨がふったけど花粉症の自分にはむしろ好都合くらいの天気で 元気に横浜まででかけた。
それにしても西口五番街っていうのはラビリンスだな。
モロッコのフェズ旧市街みたいなかんじじゃないかな。
何回もおなじ場所に出るし、まいごになってまいった。

そんなことはどうでもいいんだけれど、
わたしはこの中里学氏のライブをきいてすごく感動した。たのしかったし。
それでなぜいいとおもったのかということを 言葉にできないかまる1日考えて、
結果、いま、なんとか言葉にできそうであるから、書いてみようと思う。

わたしはおもに中里学氏の声と歌詞にいろいろなことを感じた。
ライブがとてもたのしかったので帰りにまよわず彼のあたらしいCD
「君は僕の生きる理由だから」を買い
きょうは会社にもっていって聴きながら仕事をしていたのだが、
それで気づかされたことがあった

この人の歌の歌詞につかわれている言葉は、
素朴でありふれている。
歌の歌詞というのは全体でひとつの意味をもたすものであろうから
一部をひろうというやりかたはおかしいのかもしれないが、
それでもちょっとひろってみると、

・My Way
「目指す場所にたどりつけるまで」
「傷つくことを恐れないで」

・今もあなたに
「会いたいよ」
「あの頃に戻れない」

・日曜日の君
「出会った頃と変わらずに 君の事を想っている」
「昼下がりの日差し」
「互いに傷つけあってしまうときも」

・魚
「枯れる事なく溢れ出る想い」

・夢の続きへ
「見た事のない世界へ 歩き出す夢の続きへ」

・ありがとう
「今日はどんな出逢いが僕らを待っているだろう」
「輝く未来へ」

アルバムにおさめられているどの曲のどこをひろっても、
このようなかんじで、とても素朴だ。
すぐに頭にはいるが 歌われなければすぐに忘れてしまう
和語がおおく 英語はすくない。
簡素で、とってもふつうだ。
いまどき無数にリリースされているJ-POPの
どれかの曲にきっと入っていそうな詞ばかり。
というか きっと入っていそうだからこそもうだれも遣わないかもしれないくらい
ありふれた言葉ばかりであると思う。

それらの言葉が、心にくる。聞き流すことができない。
言葉に、新しい意味を与えるかのように歌う人だった。
ウーン ちょっとちがうな
聞き流してしまうようなフツーの言葉のほんとうの意味をあらためて
教えようとするかのように歌う人だった。

その感触を、自分がどのようにうけとったかを、的確にとらえるために
まる1日を要したのだが、いまはわかっている
ガラスの風鈴。
熱いガラスに息をふきこんで風鈴の形をつくるあの仕事だ。
あれだった。
わたしは、風鈴の細工師の人は、たとえ風鈴が完成してもう熱くなくなっても、
ものすごい高温のガラスだった数時間前の熱気をしっているはずだとおもう
模様をつけて仕上げて店頭にならべても、
熱いガラスであったことを細工師の人だけは知っているのであり、
それは完成したのを買っていくだけの消費者と 
作った人との感触の決定的な違いではないかなあ。
そして、細工師の人は、ガラスを熱いところから鍛えたからこそ、
風鈴というのがいかに涼しさを感じさせてくれるものであるかをしりうる。
きっと買う人たちに 風鈴てほんとうに涼しいもんだよ、
なぜならこんなに熱いところから息を入れて、鍛えたのだから 
ということを伝えたいんじゃないかなと。
もしわたしが風鈴の細工師だったらそんなことを思って、なんだかはがゆいようなかんじで
店頭にならべた風鈴たちが 売れていくのをみているだろうという気がする

まるでもともとある言葉に意味をひとつひとつ吹き込んでいくような、
こういう意味だよ、こういう風景のことをいいたいんだよと あらためて教えようとするような
きもちのよい力がこもった歌いかただったんだよな 中里学氏の歌

それは彼の歌の息のスピードであり、 声の質であり、声の太さのことであったのだろうが
あの歌いかたであの声の質であのように歌われると
胸に深く迫るんだよね 言葉が。
中里学氏が知っているそのままの 言葉の意味の深みや迫力で
わたしにその言葉が伝わったのかは、わたしは中里学氏じゃないんでわからないけれど、
なんだか「こうなんだよ、こういうことがいいたいんだよ」と
言葉を手渡されたような実感があったね。
もっと変わった刺激的な詞を選ぼうと思えば選べるのだろうし、
なのになぜそうしないのかまでは わたしはわからないが、
簡明すぎるほど簡明な言葉を 歌う力だけでこんなにまで新鮮なものにして
聴く人に与えてしまうことはほんとうにすごいものだとかんじた

それって中里学氏のなにがすぐれているからできることなのかは、わからない。
わたしは声のことだとおもいこんでいるけど。

時がたつこともわすれ、この人から言葉をずっしりと手渡されるかんじを
心からたのしんだ。
ただ
さいごの曲のときに、中里学氏が
「まえに2人で活動していたのが1人になったとき、さいしょはお客さんがひとりもいなかった
でも いまはこんなにたくさんの人が自分の歌に耳をかたむけてくれている
きょう、自分は自分が生きる意味みたいな、生きてきた証みたいなものを
残せたような気さえする」
というようなことを話していた。
それをきいてちょっと、「ああ、だからなのか。」とわかったような気になったところがあった。
わたしは 自分自身、ああ100年後には自分のことを知っている人が
確実にひとりもいなくなるのに 自分はそれでなんで生きているのか、
だれかがずっと覚えててくれるような、自分が生きていたという証拠を残したい、
残せなければ生きている意味がない と おもって
すごく苦しい気持ちになることが多い。
そんなことをおもう人がほかにもいるのか知らないけれど
その焦燥はとても苦しいものだ。
かなわないことがほぼ確実としっているからこそでもあるが。
生きてきた証みたいなものを残せたような気がする、
と彼が言ったのをきいたとき、
だからこんなに彼の歌の言葉は心にくるのかとわかったようにおもった。
伝えたい、残したい、証したいと 願うからこんなに言葉が質量をもっているのかと。
歌はその場にしか生まれないもので、消えてしまうものだから、
受け取る人になれたことにずいぶん強い感激があった。

それに 残したい伝えたいとおもっても、実際的には力がなくてできない人もたくさんいるのだ。
本人に力があっても 受け取ってくれる人がいなければ成り立たない。
深遠だ。 人が生きた証しっていうのはその人ひとりでは成立させられないということだ。

なんだかこむずかしいようなことをやたら書いたが
べつに感傷的なことをいいたかったわけではなくそういうライブでもなかった。
中里学氏は話すこともなんだかかわいらしくておもしろいし
お客とのコミュニケーションもとってもうまかった
この人ものすごい高次元にリラックスしてんなー!というかんじがした(^_^)
集中してんだけどいいバランスでヌケてるというか。
弦が切れたときのご乱心ぶりがおもしろかった(^_^)
うまくいえないが みているほうも肩の力が抜けるライブだった。

こういう楽しく充実したライブっていうのはどんなミュージシャンもいつもできることなのか?
わたしはそうはおもえない
だれでもいつでもできるもんじゃないとおもう。

ちいさくても確実に、奇跡の2時間だったんだろうな。

なんだかあんまり頻繁にワンマンライブはやっていないようなんだけれど
やってほしいなあ。毎年とかやってほしい。
またききにいきたい。


















Category: 音楽 | Tag: 中里学

COMMENT

POST COMMENT


TRACKBACK

TRACKBACK URL

↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。