角野栄子「魔女の宅急便」(福音書館)。

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【魔女の宅急便全6巻】


魔女の宅急便
ジブリ映画の中で、わたしの父がなぜか大変すきだった作品だ。
いいおっさんが
「お父さんはマジョタクが宮崎駿のアニメで一番すきだ!」
とか、いっちょまえに略してくるので、ちょっとキモチ悪かった。

そんなマジョタクが実写映画化されると、聞いた。
知ってすぐのときは「アホか」とおもった。
宮崎駿アニメのあのキキちゃんの顔しか思い浮かばなかったし、
あれをどう実写化するというんだ。と、違和感しか感じなかった。

けれどもあとで 主演の女優さんのコメントに
「(実写映画のキキは)みなさんが知ってるキキとはちがいます」的な言葉があるのを見て
そうだよなと、はっとさせられた。
原作は児童小説であり ジブリがオリジナルではないのだ。
そうだった、そうだった。

ジブリは関係ない。
原作をもとに、だれかが実写映画化してもまったくかまわない。
原作はジブリと無関係の小説だってことを、忘れさせるほどの、
強烈な「オリジナル」感をわたしの頭に刷り込んできたジブリは、
スゴいなという思いをあらたにしたけど

こうなると やっぱり実写は実写でどんなもんか気にならなくもない。

わたしは父といっしょに図書館で 原作を読んだ記憶があるけど
それすら、すでにジブリアニメを観たあとでだった気がする。
小説にたいしてどんな感想をもったか、もう全然、おぼえていない。

もう1回読んでみようかなあ。とおもった。

そこで、角野栄子魔女の宅急便」(福音書館、全6巻)
図書館でかりて、ひととおり読んでみた。

「わたしはもうすぐ、つえなしで歩けるようになるから」というセリフには泣かされた。
そして、トンネル状の道のはての、庭のある小さな家の、婦人との出会い。
死という言葉を、けっして遣わない姿勢には考えさせられた。
謎の女の子・ケケの出現によって、キキが自分というものを見失い、ゆさぶりをかけられるくだりは
異様に鮮烈であった。
あとで、はずかしいことをしてしまったと自らを恥じる、キキの姿。
あの自己嫌悪は、彼女の若くやわらかい心には、まだ重すぎたかとおもうのだが、
すごいことを体験させたもんだなと思った。
夜空に一直線に飛んでいくあの場面は美しかった。
わたしは、本を読んでも、その場面が映像となって頭に浮かぶことがめったにない。
たぶん、映像で思い浮かべようとおもうほどじっくり読んでないということなのだろうが、
今回ばかりはキキが飛んでいくときに感じていたであろう空気の冷たさや湿度まで
自分のことのように伝わってきた。

ちょっと、まどろっこしかったというか、
もうすこし簡明に、ズバっと表現しちゃえよと 思うとこもなくはなかったのだが、
しかしまさかとおもうほど 深いところまで切り込んでくる物語だったなあ。


映画にするのは、ますますすごく難しい気がした。 
やるんならがんばってほしい。

ところで、魔女っ子ものの児童小説で、いまも妙におぼえてるのがある。
それは「魔女の宅急便」ではなく、海外のだれかの手になる、
ミルドレッドという超できそこないの、どうしようもない劣等生の女の子が主人公のものだったな・・

これもあわせて図書館でさがしてみよう(^^)

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