「ベニスに死す Morte a Venezia /Death in Venice (1971)」。

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ベニスに死す
(伊:Morte a Venezia/英:Death in Venice ルキノ・ヴィスコンティ監督、1971年、伊・仏)

【ベニスに死す】



ビデオテープで観てみた。

難解に感じたけれど、ぜんぜんついていけないということはなかった。

ドイツ人とおもわれる初老の作曲家が、静養のためヴェネチアのホテルをおとずれる。
そこで一家で滞在中の少年・タージオと偶然出会い、彼に理想の美を見出した主人公は
彼の姿を目で追うようになり そんな自らの感情に激しく苦悩する。
いっぽうヴェネチアの街では伝染病流行のうわさが流れ始め、
タージオの一家もホテルを去る日がやってくる・・・というような物語。

美貌のタージオを演じた男の子はじっさい ゾッとするほどきれいだった。
なんか、最初こそ「頭が長いなあ」とか思ったのだが
そういうことじゃないんだよ!って、認識がすぐに改まった。

【タージオ】


あれはいったいなんなんだ。
きれいってだけでないなにかを、あたかも持っている子であるかのように
完璧に、美しく撮られていた。

タージオが、主人公には理解できない言語(フランス語)を話す子であるというのも、
たぶん意味があったんだろう。

あの子の美しさは、この映画の一番有名なポイントなので
わたしなどがわざわざ言う必要もないかなと 思いはするのだが
それでも言いたくなる。美しかったと。

主人公の初老の作曲家を演じた役者さん、とてもよかった。
神経質さ、おこりっぽさ、過剰な自意識、
タージオに魅せられてからの、挙動不審っぷり、表情の変化。
最高にきもちわるかった。あの足の動きはきもちわるい(^_^)

大道芸人のセクションや、銀行の両替窓口で主人公が行員と話すところ、
理容室のところ、

それから、主人公がさいしょに乗っている船の名前「エスメラルダ号」が
かつてベッドをともにした娼婦の名とおなじである、という点など

「なんのために?」と不思議に感じる箇所が ちらほらとあり
この不思議さは 前に観た「ブルジョワジーの密かな愉しみ」と似ていた。

「エスメラルダ」のことはわかるのだが 大道芸人のとことか両替窓口のとこは
なんであんなに意味ありげに長く時間をとってるのか ちょっと わからない・・

だいたいよく船の名前なんか見てたなと我ながらおどろいた。
一瞬しか見えなかったのに。
なんとなく なんて書いてあるのかなと思って。
さりげなく注意をひく撮り方がされていたのだろう。

マーラーの交響曲5番のアダージェットのところが、映画のテーマ音楽になっていて、
ぴったりだった。合っていた。

変な話だが、音楽がかかっていることを忘れたときがあったくらい、ハマっていた。
タージオだけでなく、映像がとても美しい映画だ。一生に一度、観て損はない。

もっとも「昔の映画」をいままで1本も観たことがない人が
初めて観る「昔の映画」が、もし「ベニスに死す」だったら、
多分その人は15分で寝ちゃうだろうし
やっぱり「昔の映画」はよくわからん、と思うかも。

また、原作を読むなりして、ある程度、流れを知ったうえで、観たほうがいい。
主人公がだんだんと病んできて、現実と幻想、過去と現在がいったりきたりする。
それとわかるような演出にはなっていないので、
そういうもんだと、わかって観たほうが楽だ。

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